縄文人って、どんな風に生きていた?

yurihana1228
  • 縄文時代は本当に1万5000年も平和な時代が続いたのか?
  • 縄文人は争いごとがなかったのか?
  • 嫉妬心は?競争心は?
  • 子どもはどうやって育てた?

わたしがずっと知りたかったことで、学んで分かったこと、見つけたこと、メモに残したいことをここに書いていきます。

縄文は『今』しかない。

過去や未来はない。

所有も執着もない。

縄文は『情門』であり、

その言葉はわたしたちの中にあるDNAを思い出すスイッチである。

どんな気持ちで縄文土器を作った?

縄文土器を見に行った時に、その精密さに驚いた。

縄文人は細かく、最後まで丁寧に、しかもそれぞれが独創的な土器を作っている。

どんな気持ちで作ったのだろうか?
ショーゲンさんの動画を見て分かった。

縄文人は自分の一つ一つの所作にうっとりしていた。

うっとりしながら作り、そして出来上がったものにもうっとりしていた。

だから作品たちは今も輝いていて、見る人を惹きつける。

縄文人は孤高の人である。

群れない。

でも集まる時には集まって協力することができる。

縄文人は朝起きて、

自分の足の親指の先が
大地に着く、

その感触をも愛していた。

水を汲む時の手の丸みも
愛していた。

(ショーゲンさんのyoutubeより)

縄文人は非物質の世界から、物質の世界へ移行したばかりで、半透明。

自分の身体がある、感覚がある、五感がある、ということに感動していた。

所有の概念がない。

すべてのものは、みんなのもの。

子どももみんなの子ども。子どもはみんなで育てる。

(マヤ歴より)

見えない存在を見える存在と同じように接する。

風や空や太陽や土に対しても、人にするように接する。

見えない存在を感じる能力にたけていた。

体の部位、耳や鼻や目にはそれぞれの役割がある。

その部位が、他の部位に対してうらやむこともないし、嫉妬することもない。役割が違うから。

そんな風に縄文人たちも、それぞれの役割があるということを知っていたから、他人をうらやむ気持ちもないし、嫉妬もなかった。

(矢作先生のyoutubeより)

傲慢な気持ちは?あった?そもそもなかった?

子どもは誰の子かなんて、わからなかった。

子どもはみんなの子。

育てたい人が、みんなで育てる。子ども同士で育ち合う。

自分の子と思うから所有したくなる。人よりも優れた子に、という傲慢な思いがわく。その子自信を見なくなる。

ご飯はどうしてた?誰が準備してた?
そもそも食べる回数も少なかった?

栄養・カロリーじゃない。量も関係ない。

たとえばとうもろこし一粒に入っている生命エネルギーを体に取り入れる。生命エネルギーが高ければ一粒でも体は満たされる。

人間が手を入れれば入れるほど、加工するほど、畑も野菜もダメになっていく。

縄文人はいそいだこともないし、頑張ったこともない。

「頑張る」とは、やりたくないことを無理してやること。

遮光器土偶は宇宙服。

縄文はfeel。弥生はthink。

弥生があってこその今がある。

今、自分がそれをやりたいか、やりたくないか。

自分の中が揺らがず、みんながやりたいことだけしていたら、他の人に干渉することもないし、攻撃することもない。

すべてが調和された世界。

縄文人はいつも真っ白な服を着ていて
汚れない。

裾に赤い刺繍があった。既婚者は波の模様の刺繍になった。

浅間縄文ミュージアムにて

(縄文土器と話せる姫巫女さんのお話より)

朝8時までの太陽の光を
おしりに当てると
元気になるよ』
※お尻日光浴は、本当は生のおしりがベストだけど、
現代人には難しいから、
パンツやスカートを履いたままでも効果はあるよ。

縄文人はみんなやっていた。
(縄文土器と話せる姫巫女さんのお話より)

『イライラしたら
土を触るといいよ。』
※縄文土器さんの言葉。

(縄文土器と話せる姫巫女さんのお話より)

意識だけで、沖縄に行ったり
行きたいいろんな場所に行っていた。

環状遺跡はそういう場所。

(縄文土器と話せる姫巫女さんのお話より)

縄文人は身一つでいろんなことができていた。人の身体はもっともっとすごい力を持っている。それを忘れている。

例えばテレパシー。言葉がなくても本当はテレパシーで通じ合える。

寒くても薄着でも大丈夫。そういう身体を持っている。

人が出す音(振動)で重い石を浮かせたりもできる。ピラミッド。

記事URLをコピーしました